ケニアに来て一年かあ、と少し前に振り返り、赴任後一年後の報告書の提出期限が過ぎ、去年まではいろんな人に「いつまでケニアにいるの?」と聞かれて「来年の12月まで」という言い方をしてきたのに、最近は「今年の12月まで。アフタークリスマス」という言い方をするようになったら、後半戦なことを感じてちょっとあせります。周囲の人にも「JICAにお願いして1年延ばせ」だとか「夫を呼んでこっちで暮らしたら」とか「カンバランドで別の夫を探したらここに居れるでしょ?」とか言われ始めると特に。
そして来週にはJICAの中間報告会。報告資料をつくらなきゃと思いつつ、いろいろ振り返っていると、自分の気持ちの変化に気付きます。
ケニアに来てしばらくして任地変更を伝えられ、「協力隊らしい田舎暮らし」(前任者談)の覚悟だったのに、ナイロビ近郊の比較的都会になって、継続ではなく新規の場所で村落って職種から程遠いお役所勤めのOL生活って感じで。
というわけで、本当に任地での生活の中間です。2010年3月1日にマチャコス赴任で、引き揚げはアフタークリスマスの今年2011年12月28日くらいかなあと思っているので(飛行機は2012年1月3日と決まっているし)22ヶ月弱のうちの11ヶ月弱が終了。
任地変更にも関わらず、調整員の方の赴任に当たる手続きも早く、同期より1週間遅れ程度で赴任できました。私が任地変更でMachakosになったことも調整員とMr.Kibochaの間ではきちんとお話ができており、Mr.Kibocha側の要望もきちんと調整員を通して前もって伝えられていたし、調整員には感謝しています。
何よりやっぱり職場、特にボス(Mr.Kibocha=書類上はカウンターパートということになっているが、事務所のボス、偉い人)には恵まれていることを感じています。私が赴任するちょっと前に着任したボスなので、まず優先はオフィスのシステムを整えて行くことというMR.Kibochaの明確な方針でした。しかし私は早くグループ周りをしたいと主張したりしていたのだけど...
まずは「まずはもっと仕組みを分かったほうがいいし、PCをもっと教えて欲しい。オフィスのシステム改善をファーストステップとして欲しい」と言われていたのは正しかったと思います。オフィスにずっといたから職員たちとも仲良くなれたと思うし。
コンピュータ関連以外、私の関係していない部分の管理でも(経理面とか、カスタマー記録だとか、ファイリング、手続き用紙だとか)、オフィス環境面(チャイの時間、ペンキの塗り替え、キッチンの設置、ゴミ箱や手洗い場など)もMr.Kibochaの指示で改善されたし。
で、2年目はグループ訪問をメインの活動で計画をして欲しいという点でも計画的だし。もっとスワヒリ語ができれば、もっといい仕事ができるなんて言われますが・・・
Mr.Kibochaは、一見クールでそんなにおしゃべりでもなく、最初は毎回お話しするのに緊張していたのですが、話すとゆっくり話を聞いてくれるし、理解力すごくあって驚くほど。
そして能力に合わせた指示が的確、穏やかで優しいし、チームワークを大切にする上司です。キクユ族だけど、カンバ語をしゃべってみたりしています。だからか職員からの評判もいい。
Mr.Kibochaとのツーショットはありません。他のケニア人と違って「写真を撮れ!」とかうるさくないので、なかなか写真を撮る機会がないです・・・。
後姿のみ。先週の写真。
そして、ご飯の量も少ないし、お昼は砂糖なしのホットミルクだけ、健康にも気を使うタイプで、ホント上品で今まで会ったケニア人には他にいないタイプなのです。